深刻化する介護業界の人手不足。その救世主とされる「介護ロボット開発と活用」の機運が高まってから10年あまりが経過しました。しかし、介護ロボットによる人手不足解消への道のりは未だ遠い…と調査結果から考えさせられるのが現状です。
今回は、一般社団法人 機械振興協会 経済研究所 サービスロボット研究会メンバーとして介護・ケア分野でのロボット活用に関する研究をされている森直子さんに、「介護ロボットの普及を阻害している要因」や「介護分野におけるテクノロジーの賢い利用方法」について、お話を伺いました。
―令和3年度に機械振興協会から公表された提言に「『ロボットの導入により人手不足解消を図る』から議論をはじめることを止めるべき」という一文があり、世間の流れに一石を投じる考え方だと感じました。この提言に至った経緯についてくわしく教えてください。
この提言は、私が所属するサービスロボット研究会が研究成果のひとつとして公表したものです。提言の出発点は介護業界における深刻な人手不足。介護ロボットが人手不足を解消してくれるかもしれないという「介護ロボットへの期待」が高まり始めて早10年が経過するにも拘わらず、介護現場へのロボット導入・活用は思うほど広がっていません。
私たちサービスロボット研究会の使命は、サービスロボットの市場発展や産業の成長に関する調査研究を行い、社会に還元することです。
介護ロボットの低調な導入・活用状況を見て「どうやったらもっとロボットを活用してもらえるだろうか」といった視点から、介護分野でロボットが普及しない原因を探っていくことになりました。その原因について、私たちは当初「ニーズ・シーズマッチングが上手くいっていないのだ」=現場からの需要(ニーズ)も開発側からの供給(シーズ)もあるがただマッチングが上手く機能していないのだ、と考えていたのです。ところが、調査を進めていくうちに、想定していなかった原因が見えてきました。
そして、「ロボットで人手不足を解消する」などの問題設定自体が本当に正しいのか?という疑問が湧いてきたのです。
―需要側と供給側のマッチングの問題だけではなかったのですね。
そうなんです。介護ロボットへの介護保険適用が十分でないという制度上の問題なども浮上しましたが、特にネックになっているのは「介護現場」と「開発側」の、介護ロボットを巡る認識の違いと技術的な側面だと感じました。
現在、開発が進められているロボットは、ある特定分野の業務を代替できるものが主流です。対して介護現場では、いくつもの業務が繋がり合ってシステム化されており、働く人には特定の分野だけでなく「繋がり」や「流れ」の中で柔軟に対応することが求められています。つまり、介護現場で必要とされるのは、特定の業務だけを改善することではなく、業務の流れ全体を改善していくことなのです。
特定の業務に特化したロボットを複雑な業務の流れの中で活用しようとすると、追加の労力がかかり省人化どころか負担が増えてしまうことにもなりかねません。「人間が行なっている一連の介護を代替する “ヒューマノイド的”ロボット」であれば、現場では人手を補ってくれると期待できるでしょうが、現在の技術では実現が難しい状況です。
そこで「ロボットで人手不足を解消する」というロボットにスポットを当てた見方を一旦横に置き、介護分野におけるロボットの活用方法を根本的に見直そうと、改めて問題設定をすることになったのです。
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―特定の業務に特化したロボットを導入しても介護の人手不足の抜本的解決にはならない。とはいえ、現場の方が切望するような介護ロボットは実現が難しい。これはとてもショックな事実ですね。
現場のニーズに未だ技術がたどり着いていないという事実には、私もとても衝撃を受けました。ロボットで何でも解決できる!というブームや機運がありましたし、私自身もそのような希望を抱いていた人間のひとりでしたから。介護現場の方も「私たちの望む介護ロボットは、いつできるのだろう?」と感じておられるのではないでしょうか。ですが、現在ロボットが活躍しているのは製造業界や物流業界など「物に対して働きかける」「標準化に向けて動く」ことが求められる分野なのに対し、介護の現場では「人間に対して働きかける」「常にイレギュラーな事態に対応する」ことが求められるのです。それって、そもそもロボットにとって苦手なことですよね。たとえば二足歩行で人を抱き上げる動作ひとつとっても、全く動かないモノを運ぶのとは違って、人間、ましてや体幹が弱っていて自分でバランスを取れない利用者の方を抱き上げるというのは、ロボットにとって想像以上に難しいことだそうです。さらに利用者の方に不快感を与えないように抱き上げるとなれば、より高度なレベルの技術が必要となります。
いつかは技術が追いつき、現場の方々が望むロボットが誕生する日が来るでしょう。ですが…まだまだ時間がかかるようです。
―では、今の段階ではロボットは介護分野で使えないということなのでしょうか。
技術が追いつく前に「ロボットって“使えない子”でしょ?」といったように人とロボットの距離が広がってしまい、結果として導入や開発が遅れてしまうのは避けたいです。まずは、今の技術でも活躍できる場にロボットを配置して人とロボットが接する機会を増やしつつ、将来の開発に期待するという流れを作ることができたらいいなと考えています。
そこで提案したいのが、バックヤード業務をロボットに任せるという発想。つまり抱き上げて移動するといった直接的な介護=身体的負担の大きな“見える介護”ではなく、オムツ処理や清掃といった周辺業務=“見えない介護”をロボットで代替するというものです。この発想は、介護業務全体の流れを円滑にするためには”見えない介護”を段取りよく行なうことが欠かせない、という点に注目して出てきたものです。実際に現在の技術でも活躍しているのは、パワースーツや見守りセンサー、スタッフ同士のコミュニケーションを円滑にするものなど、業務を支援する分野なんですよね。“見えない介護”をロボットが請け負うことができれば人間は直接的な介護に集中することができ、省人化に加え質の高い介護も実現できるのではないかと考えています。対人が苦手なロボットでもバックヤード業務なら得意なことを活かせますし、すでに他分野向けに開発された業務用ロボットを用いれば開発を待ち続ける必要がありません。特に推したいのは、お掃除ロボットです。この分野はコロナ禍で開発が大きく進んでいて、点滴台を持っていたり車椅子に乗っていたりとさまざまな状態の患者さんが通路を行き交う病院でも活躍できるまでになっているんですよ。
―思っていたのとは違う所にロボットの活かしどころがあるというのは、目から鱗です。
ロボット開発者の方々も、介護現場を知る努力をしながら開発に努めてくださっていると思います。ですが、数年にわたり毎日繰り返し業務を遂行してきた介護現場の方々と同じ景色を見るのは相当難しいでしょう。
介護分野でのロボット技術が発展するためには、現場の皆さんの声が必要です。
「いかにも大変そうな“見える業務”だけが大変なんじゃないんだ。本当の問題をきちんと見てほしい」そんな声もあげて欲しいと思います。